メキシコ吹きガラス
ビドゥリオ・ソプラード
メキシコのカフェや家庭でもまだ吹きガラスのグラスを見かけることは多いですが、ただ最近はメキシコ国外への輸出のほうが多くなってきており、昔ほど一般的には手に入らない状況になりつつあるようです。確かにスーパーマーケットや量販店ではさすがに見かけることはほとんどありません。それでもお土産を打っているお店では必ずと言っていいほど並んでいます。
メキシコ吹きガラスは大きくて、ぽてっとしてて、華奢ではない力強さと温かみがあります。本当に民芸品と言う感じです。ただ面白いのは、民芸品でありながら今でも生活に密着しているということです。まさに”普段使いのできる民芸品”。
ですので制作現場も大小ありますが、工房というよりは工場と言った印象が強いです。
工場の主任さんからのメッセージ「強化ガラスほどではないけれど、メキシコの吹きガラスは厚いから強くて長持ちするよ!」
確かに。少し話がそれますが、メキシコでは空白よりも埋め尽くす、小さいよりも大きい方が伝統的な気がします。そのせいか、メキシコにお土産を持っていくときは余白のある、もしくは繊細なデザインの方が日本っぽくて喜ばれることが多いです。
メキシコ吹きガラスの歴史
メキシコにおいてガラス工芸を始めたのはスペイン出身のアントニオ・デ・エスピノーサで、1542年にプエブラのベナード通りにそのための薪の製材所を創業した。しかしその1年後、教会参事会は” 祭式で使うため街の周囲2レグアス(約11.5km)以内の薪の伐採を禁じた。”
エスピノーサは瓶や蒸留器(底が広く、口が狭い容器)、白・グリーン・ブルーのワインボトルとグラスを作り続けた。彼の工房はヌエバ・エスパーニャ地域ではただ一つの工房で、ペルーやグアテマラに輸出していたのも唯一この工房だけだった。
18世紀の初頭、アントニオ・パルド名人がサンタテレサ修道院の向かいに新しい工房を設立した。その後継者たちも同じ場所で仕事をつづけていたが、しばらくしてそのうちの一人の息子がサントドミンゴ寺院の隣に独自の工房を構えた。プエブラの織物産業の先導者であるエステバン・デ・アントゥニャーノ氏もそのガラス文化の回復に熱を入れた。1838年にはフランスの技術を登用したヨーロッパスタイルの板ガラスとクリスタルの会社を設立し、この会社は1885年までガラスの生産を続けていた。フランス出身のキナルド一家もアントゥニャーノ氏に出資を受け、フエンテ・デ・ベレンの工場に移る1885年までソラールカストロで生産を続けた。
1896年にはロンバ製材所ができ、その1年後にはコラソン・デ・へスースガラス工場が設立された。ここは後にプエブラが誇るメキシコの重要な吹きガラス名人カミロ・アバロス・ラソが仕事を始めた場所である。アバロス・ラソは技術を習得したのち、サンタアナ・チウテンパン、テクスココ、メキシコシティー、アピサコ、サンフアン・デ・ロスジャーノス、グアテマラと同じくプエブラに工場を建てた。
19世紀のガラスの工場で一番生産されていたのは蒸留工場用のグリーンのガラス瓶で、さらには製薬会社や小売店までもが水銀塗布されたガラスや高い塔を建てるための必需品となった。1908年になるとプエブラで ―当時は非常に高価なものであったが― 板ガラスを製造する工場が設立された。しかしながら1年後にモンテレイにガラス工場ができ、多くの工場を閉鎖に追い込まれた。このようにしてホアキン・ラスコン氏は田舎に彼の工場コラソン・デ・へスースという設備と道具を手に入れた。
コラソン・デ・へスースでアバロス・ラソがわずか7歳ばかりのビクトール・マルティネス・フィロテオに働きはじめるように命じ、その貯金と(半分しか給料をもらわず、残りの半分で売り歩くための仕入れをした)蓄えた知識でマルティネス・フィロテオは自らのガラス工場ラ・ルス(1935年)を設立し、その1年後にはロベルト・アラトリステ氏がその会社を買い取り、クリソルと言う名前でテクスココに移転した。その売り上げでマルティネス・フィロテオはプエブラ近郊に商売を再開し、そののち彼の子供たちが後を継ぎ、特に精製水を入れる大きなグリーンの瓶に力を注いだ。
1994年、近代化の欠如と水の容器を白い瓶のみに限定するという行政による規制により、ラ・ルスは閉鎖した。しかしマルティネス一家は挫折することなく、ほんの2年後にはその活動を再開した。ただし現在は芸術としての吹きガラスとプレスガラスだけを生産しており、古い技術やモデルを再現して建築用ガラスなどの生産をしている。近年ラ・ルスのオーナーたちは失われつつある昔のプレスガラス製造法で、民間に広く普及していたプエブラグラスや水差し、プルケジャー、塩を小分けにしておく緑や水色の”ガジニータ”の再現を課題としている。
マルティネス一家はグリーンガラスのリサイクルを非常に後押ししており、それは水やシリカなどの天然資源の保護をも意味している。”ガラスのすべてはリサイクルができ、そのリサイクルは無限の工程なのです。”と、グラフィックデザイナーのクラウデッテ・アグラス・ロドリゲス氏が彼女の興味深い田舎のグラスの研究で述べ、ラ・ルスで作られているガラスは”再生するに値する伝統工芸の結果です。”と添えている。
<出典 メヒコ・デスコノシード メキシコのガラスの揺りかご・プエブラより 2017/03/04引用・翻訳>
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